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伊勢へ初詣 2

皇大神宮(内宮)の正宮です。天照大御神をお祀りしています。宇治橋は20年毎にかけ替えられます。帰りは仮橋を渡るので現在の宇治橋を真横からパチリ2月より宇治橋の解体工事にかかる予定となっています。神宮道場〈じんぐうどうじょう〉神宮司庁の旧庁舎で昭和48(1973)年までは神宮の全ての事務がここで取り扱われていました。同51年に神宮道場と改称され、神職や神職を志す学生の研修施設として活用されています。 神宮道場から内宮方向への手前に在りますのが「御師(おんし)浦太夫の門」御師は全盛時代には伊勢の宇治(内宮)と山田(外宮)で1,000軒あったと言う説も有り、この町にも御師の館が立ち並んでいたそうです。伊勢を訪れた参宮客を自分の屋敷に泊め、神楽を奏しお祓して「お札」を授与してもてなしたことから「おはらい町」の名がついたと云われています。伊勢市二見町の二見興玉神社にある夫婦岩です二見興玉神社は夫婦岩の沖合約700mの海中に沈む祭神、猿田彦大神縁(ゆかり)の興玉神石(おきたましんせき)を拝する神社。夫婦岩は古来、男岩は立石、女岩は根尻岩と呼ばれていましたが、いつの時代か夫婦岩と呼ばれるようになりました。今回の伊勢初詣レポートは以上で終ります

伊勢へ初詣 1

外宮の第一別宮、「多賀宮(たかのみや)」正殿の前に在ります「川原御祓所」、三ッ石とも。 現在でも遷宮の折の祓所になっています(昔は宮川の支流が流れていたそうです)。豊受大御神(とようけおおみかみ)正宮の正殿 内宮へ向かいます。宇治橋近くのおはらい町通り(旧参宮街道)に在ります「岩戸屋」で食事。手こね寿司と伊勢うどんです手こね寿司は鰹などの赤身の魚を醤油を中心としたタレに漬け込んだ後、寿司飯へと合わせて食べる料理。本来は大漁のときの祝いとして船主が船員にふるまったハレの食事(1938(昭和16)年4月の米の配給以前は米はハレの食事に限られていた)。伊勢うどんは江戸時代以前(最近の研究では鎌倉時代)より、この地の農民がうどんに地味噌からできたたまり(伊勢醤油)を少しかけて食べていたのがそもそもの始まりと云われます。コシをなくした極太麺と濃厚なタレが特徴です 宇治橋を渡ります続きます

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